以前、フリマアプリで、ブランド物の小物を売ったことがある。
もちろん、偽物を売ったわけではない。
自分が持っていたものを整理するために出品し、買い手がついて、代金を受け取った。
ここまでは、ごく普通の取引だった。
ところが、しばらくして購入者から連絡が来た。
「これは偽物だ」
さらに、
「訴える」
という。
……え?
一瞬、頭が真っ白になった。
こちらとしては、本物だという認識で出品している。
それなのに、「偽物だ」「訴える」と言われる。
どうすればいい。
何を言えばいい。
こちらから何か反論したほうがいいのか。
いろいろなことが頭を駆け巡った。
そこで、弁護士をしている友人に相談した。
一通り事情を話すと、友人は、
「まず、そんなに狼狽えなくていいよ」
と言った。
そして、
「最大損失を考えてみなよ」
と。
最悪の場合でも、自分が失う可能性があるのは、その取引に関係するお金と、対象になっている品物。
もちろん、それでいいという意味ではない。
でも、少なくとも、頭の中で膨らませていたほど、とてつもない話ではなかった。
まず、それだけで少し安心した。
ところが、安心すると、今度は別の感情が出てきた。
……それにしても、悔しい。
本物なのに。
こちらに落ち度がないのに、こんなことを言われるのは納得できない。
「こっちから何か反撃することはできないの?」
思わず聞いた。
すると友人は、
「そういうこと考えることこそ、やめたほうがいいよ」
「できるかどうかじゃなくてさ。そんなことに時間と労力を使うのがもったいない」
……なるほど。
相手に言い返す。
こちらの正当性を証明する。
場合によっては、こちらから何か対応する。
できることはいろいろあるのかもしれない。
でも、それをやった先に、自分はいったい何を得るのだろう。
友人は続けた。
「こういう個人間のトラブルの元になるから、俺は個人間の売買、特に売る側になるのはあんまり勧めないな」
「買う側だって、買うなら、最悪、お金を払ったのにモノが届かない、偽物かも知れない、それでも仕方ない、くらいの覚悟は持っておいたほうがいい」
そして、こう言った。
「こういうトラブルに発展することがない、っていうのが、プロとの取引における安心であり、価値なんだよ」
その言葉に、ハッとした。
そうか。
自分は今まで、売買の「金額」しか見ていなかった。
いくらで売れたか。
いくら得したか。
でも、今回、自分が実際に負担したものは、それだけではなかった。
やり取りに使った時間。
どう対応するか考えた時間。
そして、何より、嫌な思いをした。
そこでふと思った。
この取引で得られた対価は、果たして、それに見合っていたのだろうか。
金額だけを見れば、損をしていなかったのかもしれない。
でも、その取引のために、自分の時間と心をかなり使った。
それを考えると、なんとも言えない気持ちになった。
以来、フリマアプリで何かを売るとき、買うときには、少し慎重になった。
これに懲りてやめた、という話ではない。
これで騙されたとしても、その時はその時、仕方ないと潔く諦めよう。
そう覚悟して、取引を始めるようにした。
私も、その後もフリマアプリを使っている。
ただ、あのときの経験から、
お金だけでは、取引の価値は測れない。
この点は身に染みた。
「面倒なことが起きない」
ということそのものに、お金を払う価値がある。
あのとき友人に言われた言葉は、今でも印象に残っている。
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